

石松富美Yamatake America, Inc
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ヒューストン日本商工会主催の2003年ソフトボール大会に「YAMATAKE HAWKS」としてYAIも出場しました。 当初は4月20日に予選大会、そして準決勝・決勝は、5月11日やはり商工会主催のピクニックと同時開催という日程の予定でしたが、4月20日雷雨の為、途中で中断、5月11日に残りの予選大会と準決勝・決勝が行なわれました。 予選リーグは3グループに分かれて行なわれ、それぞれのリーグの1位のチームと、2位の中から勝率・得失点差等で1チームが選ばれ、計4チームが準決勝に進出します。 不運にも、YAMATAKE HAWKSは、昨年優勝をした「KUBO’S」(当然今年も優勝候補)、もう1チーム優勝候補の「ROADRUNNER」が居るグループに入り、しかも2チームと対戦することになってしまいました。 (結果からいうと、「ROADRUNNER」が優勝、「KUBO’S」準優勝で幕を下ろしたのですが) 監督は三島社長。キャプテンは監督からの任命で松村さん。チーム名はダイエーファンの内山さん・松村さんによって命名されました。社内のSheilaさんのデザインで、YAMATAKEのロゴと、鷹の絵の入ったユニホームの代りのT-シャツも作成しました。 さぁ、格好はまず良しとして、難しいのは人選です。特別ルールにより、各試合に女性2名は必ずプレイしなくてはいけない・日本人以外は2名までなど、なかなかうまく出来たルールにより、若いアメリカ人男性に出場をしてもらおうと思っていてもそれも無理。他社の方々の御協力や、補習校の若手メンバーも加わり、男性メンバーは目処が立ったものの、女性メンバーがなかなか集まりません。 女性メンバーはYAIのアメリカ人社員でと思い、誘ってみますが4月20日と言えばイースターサンディ。日本人にとってはイースターって何かと思うでしょうが、宗教を重視しているアメリカ人にとっては重大な行事の一つなのです。最初は出場すると言っていたアメリカ人女性社員からもイースターサンディだから無理だと断られ、当初女性の参加者は、ギリギリの二人でした。その後、奥さん方に『立っているだけでいいから』(失礼な言い方ですが)とお願いして、4名程女性が参加してくれる事になり、とりあえず棄権の危機は逃れました。
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即席で出来たチームは日頃から運動をしていないメンバーが殆どで、予選前に2回練習を行ったのですが、その際に故障してしまうメンバーもでました。しかし、出場するからには勝つと言う精神は他チームに負けていません。予選試合の前日まで練習をして、監督も「明日は勝つから」と言われて帰宅されました。 予選第1試合目は、その「KUBO’S」との対戦です。 序盤はなかなか健闘していたのですが、今年初出場で、特別ルール(ストライクゾーンや緩いボール)に戸惑い、また練習不足もあり、毎年出場していて要領を得ている「KUBO’S」には及ばず、残念ながら負けてしまいました。 ぱらぱら降り出した雨も第2試合目を始めるちょっと前には、雷雨になってしまい、ここで予選大会は5月11日に延期になりました。 次の試合まで3週間、まだ4月だと言うのに気温はすでに25度以上もある中、毎週末練習を行いました。「暑い」といいながらも次の試合に向けて頑張るメンバー。他チームとの練習試合も重ねて、コツをつかんだのか徐々に上手くなっていくのが分りました。 5月11日はピクニックも兼ねているということで、YAMATAKEはB-B-Qも企画。練習試合を行った日本レストランチームから、秋刀魚をおすそ分けしてもらうという約束も取り、B-B-Qの準備も万端で試合当日に臨みました。 試合当日、YAMATAKE HAWKSの最初の相手は「日本通運」です。ここには絶対勝つぞというみんなの強い意思もあり、練習の成果も充分発揮され、大差で勝利を収めました。 最後の対戦相手はROADRUNNERです。レベルが違い攻撃は勿論、守備も堅く、打った球は殆ど取られてしまいました。悔しいですが、実力の差を認めざるを得ず、負けてしまいました。 |