Houstonの野球が楽しかったので、日本に帰ってからも続けます。お元気で。”

私達の子供がソフトをやっていないのにコーチを引き受けて来た時は、すいぶん私も文句を言いましたが、“パパ、たくさんの感動をいただいて、よかったね。”

 

今すぐ1日ヒューストンに戻れるとしたら、どこに行くか、何をするか、、、

今すぐ行きたい所は、もうここしかありません。Westside Tennis Clubです。子供達の季節の行事は必ずここでした。プールや体育館もよく利用しました。特に体育館は、バスケのシーズン中はほとんど毎日練習に通いましたが、いつも私達だけの貸切状態で、

 

とても恵まれていました。家が近い事もあり、

子供の送迎もあって、毎日3往復はしていました。だから、大道に買い物に行くつもりが、気が付くとWestsideの駐車場だったと言う事はよくありました。夫の夕飯が要らないときは、子供達と二階のレストランで食事をしたり、シャワーを浴びたり、Westsideは私にとってはHoustonの家のようなものでした。

 

ヒューストンのみなさまへ最後に一言

粗忽な私の為に、ハラハラドキドキの駐在生活でした。同じ警察官に二度も交通違反で捕まったり、家の警報器のセットを間違えて夜中に警官が来てしまったり等々、失敗だらけで落ち込みました。幸いな事にいつも誰かに助けて

 

いただきました。特に夫にはお世話になりました。体重10kg減の夫、6kg増の私。これが総てを語っています。 

ご主人様方、楽しんで頑張ってください。感謝されますよ。 Good Luck!!

 

駐在中最後の家族旅行 モニュメントバレーにて

 

 

(前編) ラッキードライバー(山武アメリカ)               

 

子供の頃、親父がアメリカ車の販売ディーラーをやっており、1950・60年代のアメ車を家に乗って帰って来た。夏休みなど大きなアメ車でドライブ旅行へ連れていってくれたので、車は生活の一部であり、当然車が好きになった。早く自分で運転したくて高校ではすぐに自動車部に入り、自動車競技、ラリー、ジムカーナ、そしてレースも少しやった。ドライブが好きだから、好きな車に乗ってなら何時間ドライブしてもスピードがそこそこ出せれば苦にならない。そんな訳で広い道で交通量の少ないヒューストンでの車の生活をすこぶるエンジョイしている。ここへ来てまだ2年に満たないが、何回もおまわりさんのお世話になっているので、みなさんの参考になればと私の経験をお伝えしよう。

 

日曜日の早朝、仲間に誘われてウッドランドのゴルフ場へ向かう。今日はドングリの背比べの3人とスクラッチ勝負なのでスタート前の練習をしっかりやろうとベルト8から片側5車線の45号に入りアクセルをグット踏み込む。まばらな車の中を快調に疾走。FM1960がもうまもなくの坂を登りきり前方の視界が開けた瞬間、坂の下でこちらを狙うパトカーを発見、ギャーッ、急ブレーキを踏み何とかパトカーの前を通り抜けた。すぐ勢い良くランプをチカチカさせてパトカーが追い駆けて来た。やられた。おとなしく路肩へ車を停める。しばらく待ったが警官は中々現れない。車のナンバーでも照会をしているのか、用心深く車の後ろから車の中を窺っているようだ。やっと助手席側の窓から、それも1メートルくらい離れて運転席を覗き込んできたのはサングラスを掛けた金髪のお姐警官。やや細身で顔も小さく好みのタイプだが、やけに肌色の顔は厚化粧か、年齢不詳。細身の割にチョット太めの腰まわりの

拳銃に手を掛けてそろそろ近寄って来て、“そんなに急いでどうした? 免許証と保険証”強そうに言ってきた。一瞬どうしようかと考えたが、観念して素直に免許証など手渡して“ゴルフへ行く途中なんです。”と精一杯感じ良く引きつる笑い顔で言ってみた。彼女免許証を受け取ると書類を書くからと車の後ろへ回り何やら書き始めた。狭い日本からだだっ広いテキサスへ来て、制限速度などあまり気にせずに走ってほぼ1年、スピード違反で捕まるなんて考えても見なかったが、今迄捕まらなかったのがただ運が良かっただけかもしれない。金髪警官から紙を渡された。ウォッ、ひょっとすると...THIS IS A WARNING ONLYと間違いなく書いてある。“今日はワーニングだけよ。私を見つけてスピードダウンしたのはappreciateするわよ。”と言った。何を言ってやがる、いい女だからスピードダウンした訳ではないぞ、とは言えない。紙には74マイルと書いてあった。“まだゴルフのスタートに間に合うでしょう。HAVE A NICE DAY.”とニッコリ言ってくれた。真っ黒なサングラスの下で見えなかったけれど、絶対ウインクしていたと今でも思っているし、“Thank you, I love you.”と言って頭の中で彼女を抱きしめた。 そのWARNINGの紙は、お守りとして今でも大事にお財布の中に入れている。 何事も諦めず、ブレーキも踏んでみるものだ。

その日ゴルフのスタートにはギリギリで間に合ったけれど、第一打は大フックのOBで始まりパットも入らず、勝負はボロ負けだった。でもすごく得したようで何だか幸せな気分の一日だったし、ヒューストンは割合住み良い町だな、なんて思い始めたりした。。。

(つづく)

 

10