ヨーグルト中毒 (Mitsubishi International Corp. )

第1章

年末最後の日曜日。私は誰に宣言することもなく、静かに突如として禁煙を断行した。よくある話で、かつて二十歳の誕生日に一度禁煙をしたことがある。しかし丸1日禁煙を断行した後、「24時間も頑張ったんだから」と自分へのご褒美として1本吸うことにした。それは達成感一杯の、少々のうまい料理では決して味わうことの出来ない美味なる一服であった。それ以来、禁煙をしようと考えたことすらない。

いや、1回あった。ニューヨーク時代に冬、寒い外で吸うのが耐えられなくてニコチンパッチを試した。意図も簡単にタバコをやめられた。しかしそうこうしている内に今度はニコチンパッチがやめられなくなり、それをやめる為に喫煙を開始したというスイートメモリーがあった。

今回は健康上の理由ではない。前々回の記事で触れた通り体の不調はどこにもない。単に「どこまで頑張れるか」自らの精神力の強さを興味本位でちょっとだけ試すことにしただけである。従って別に禁煙でなくても良く、例えば「断酒」や「断食」でも良かったのである。

しかし断食では精神力の強さが確かめられた瞬間死んでしまっているかも知れず、一方無人島に漂流して、何らかの理由で「タバコ」と「酒」のどちらか一方しか持ちこめないとすれば「酒」を選ぶであろうから、そんな時に備えてとりあえず禁煙することにしてみた。(そんな時は永久に来ないと思われるが)

この辺りの動機がいかにも弱い。

しかも今回は、「ニコチンパッチ」や「ニコチンガム」などに一切頼らないで「断行」したのである。(ニコチンパッチは最近改良されて段々弱くしていってフェードアウトできるようだが、過去の経験からの学習効果により、あんなに中毒症状を起こす体に悪いものは信用しないことにした。)

 

初めの3時間くらいにまず体の変調をきたした。「これは体に良くない。取りあえず一本吸ってから今後どうするか考えなさい」という悪魔のささやきにもめげず何とか5時間が過ぎた。次の変調がやってきた時「今、飛行機に乗って日本に向かっている事にしよう。吸う事が出来ない状態にあ

 

る。」と言い聞かせる事にした。

8時間が過ぎ、まだアラスカあたりを彷徨っている頃、再度変調が現れ、脳機能が停止しかかったが、ガムや飴で懸命に口を塞いで何とか日本に辿り着いた。

日本に辿り着いた瞬間、一気に目的を失いかけたが、次なる手は大量にアルコールを摂取することにより眠りにつく作戦であった。

こうして1日は終わった。禁断症状と格闘しただけの全く無駄な一日であった。

2日目。まずは飴とガムを大量に仕入れ、次々に消費していった。(大道で年末に黒蜜飴が急に在庫切れになったのは私のせいである。)そして何もする意欲が起こらず横たわっていると、手足がしびれるような感覚がする。それが結構気持ちよかったりして、どんどんやばい人になっていくのが2日目である。また、飴の摂取のしすぎで、歯が痛いような気もしてくる。「やっぱり禁煙は体に良くない」と思いながら、また深酒をして床についたのでもっと体に良くないのであった。

3日目。喫煙したい気持ちはいつも隣り合わせの一触即発状態が続く。耳鳴りと目まいと悪寒がするような気がする。

4日目。年が変わった。早速禁煙は昨年の思い出にしようかと考え始める。

昨日までの事なのに「よく頑張ったなぁ、去年の暮れは」などとつぶやき、無意識に遠い過去の話にしようとしているのであった。

5日目。「もう5日もやった。君は精神的に充分強かった」拍手と共にこんな幻聴も始まる。

6日目。流石にもうこの辺りにしておこうと考え始める。こんな禁煙で苦しんでいる内に、交通事故か何かで死んでしまったら元も子もない。そんな事すら真面目に考え始める。

7日目。1週間が過ぎた。これは予想以上の出来事である。しかし、1週間もたてばそろそろタバコの事は忘れてしまっているかと当初期待されたが、全く甘かった。「ごめんなさい、私が悪うございました。」と意味も無く謝りたくなってくるのであった。

8日目が過ぎ9日目が過ぎた。会社も始まり異変が生じる。今まではこの為にと言っていいほど、Offを取り万全の状態で禁断症状とのみ戦っていれば良かったが、それに加えて仕事をしなくてはならない。初日は何とか乗り越えたが、脳が停止していて話にならない。

 

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